45歳で目覚めた私が、51歳でサイドFIREを実現するまでの6年間
はじめに
45歳の誕生日を迎えたとき、ふと思ったんです。「あと15年で定年か」と。
地方都市で会社員として働く、ごく普通の独身生活。毎朝、車で30分かけて通勤し、夜遅くまで働く。休日は疲れて家でゴロゴロ。気づけば、また月曜日がやってくる。そんな日々の繰り返しでした。
給料は安定している。車のローンも終わり、貯金もそこそこある。周りから見れば、「順調な人生」だったかもしれません。でも、心の奥底で、ずっとモヤモヤしていました。
「このまま定年まで働き続けるのか」「もっと自由に生きられないのか」そんな思いが、45歳を境に、急に大きくなってきたんです。
この記事では、45歳でFIREを意識し始めた私が、不動産関係の仕事経験を活かしながら、投資と不動産収入をコツコツ積み上げて、51歳で完全に仕事を辞めるまでの道のりをお伝えします。劇的な成功談ではありません。でも、確実に、人生が変わりました。
45歳の私が感じていた、漠然とした焦りと疲れ
地方で車通勤する会社員の生活は、東京の満員電車に比べれば楽かもしれません。でも、それでも疲れるんです。
朝7時に家を出て、車で30分。渋滞に巻き込まれれば40分以上かかることも。会社に着いたら、朝礼、メール確認、会議、打ち合わせ。気づけば昼休み。午後も同じように仕事が続き、終わるのは夜7時、8時。
不動産関係の仕事は、やりがいもありました。お客さんの住まい探しを手伝ったり、物件のことを勉強したり。でも、ノルマもあるし、休日出勤も多い。気づけば、仕事に追われる日々になっていました。
帰りの車の中で、いつもラジオを聴いていました。音楽やトークを聞きながら、「今日も疲れたな」と思う。家に着いても、コンビニ弁当を食べて、お風呂に入って、テレビを見たら、もう寝る時間。明日もまた同じ日が始まる。
独身だからこそ、感じる孤独感もありました。仕事が終わって家に帰っても、誰もいない。休日も、特に予定がなければ一人。「このまま一人で、定年まで働き続けるのか」そう思うと、何とも言えない虚しさが込み上げてきました。
45歳になって、体力の衰えも感じるようになりました。若い頃は、休日出勤が続いても平気だった。でも今は、次の日に疲れが残る。「あと15年も、このペースで働き続けられるのか」そんな不安が、頭をよぎるようになりました。
周りの同僚も、同じような感じでした。「定年まであと何年」「年金いくらもらえるかな」「退職金、減らされるらしいよ」そんな会話が、休憩時間の定番になっていました。みんな、将来への不安を抱えながら、黙々と働いていたんです。
「このまま60歳まで働いて、それから何をするんだろう」そう考えると、何とも言えない虚しさが込み上げてきました。定年後の人生も、まだ20年、30年ある。その時間を、ただボーッと過ごすのか。それとも、何か新しいことを始められるのか。
もっと自由な時間が欲しい。もっと自分のペースで生きたい。そんな思いが、45歳を境に、急に強くなっていきました。
「FIRE」という言葉に出会い、人生が動き始めた
ある休日、スマホでニュースを見ていたときでした。「FIRE」という言葉が目に飛び込んできました。
経済的自立と早期退職。働かずに生活できる状態を作ること。「そんなの、一部のお金持ちの話でしょ」最初はそう思いました。でも、記事を読み進めるうちに、「意外と現実的かも」と思い始めたんです。
不動産の仕事をしていたからこそ、ピンときた部分もありました。「不動産収入」という言葉。これは、自分の仕事で日々見てきた世界です。オーナーさんたちが、家賃収入で暮らしている姿を、何度も見てきました。
「自分にもできるんじゃないか」
その日から、私の生活が少しずつ変わり始めました。通勤中の車の中で、FIREに関するポッドキャストを聴くようになりました。休日は、図書館で関連する本を借りて読みました。夜は、ネットでブログ記事を読み漁りました。
独身で身軽な分、決断は早くできる。扶養家族もいないし、教育費の心配もない。自分だけの人生を、自分でデザインできる。そう思ったら、急に可能性が広がった気がしました。
計算もしてみました。今の貯金と退職金の予定額、年金の予想額。毎月の生活費。そして、不動産収入と金融所得で、どれくらいカバーできるのか。地方暮らしなら、生活費も東京より安い。車は必要だけど、家賃も食費も、都会ほどかからない。一人暮らしだから、それほど大きな支出もない。
計算すればするほど、「もしかしたら、できるかもしれない」という希望が膨らんでいきました。
でも同時に、不安も大きくなりました。「本当に資産を減らさずに生活できるのか」「投資で失敗したらどうしよう」「一人で老後を迎えるのに、お金は足りるのか」頭の中で、希望と不安がせめぎ合いました。
それでも、「やってみたい」という気持ちが勝ちました。一人だからこそ、自由に決められる。失敗しても、自分の責任。そう思えたことが、背中を押してくれました。
不動産の知識を武器に、二つの収入源を築いた6年間
45歳でFIREを意識してから、私は「51歳で実現する」と決めました。
なぜ51歳か。それは、ある程度の退職金も見込める年齢で、かつ60歳まで働くより9年も早く自由になれるからです。6年間という期間を設けたことで、焦らず計画的に準備できました。
最初の2年は、投資の勉強と実践に集中しました。不動産の仕事をしていても、金融投資については素人でした。長期のインデックス投資を軸に、コツコツと資産を積み上げていきました。NISAやiDeCoも活用しました。
そして、もう一つの柱が不動産収入でした。
ここは、不動産関係の仕事をしていた経験が大きく活きました。物件の見方、立地の判断、入居者のニーズ、管理のポイント。仕事で培った知識が、そのまま自分の資産形成に使えたんです。
「いい物件」を見つける目は、仕事で鍛えられていました。どんな物件が入居者に人気があるのか、どんな立地なら空室リスクが低いのか。毎日の仕事が、実は将来の準備になっていたわけです。
最初の物件を購入したのは、47歳のときです。仕事で物件を見ている立場から、自分がオーナーになる立場へ。不思議な感覚でした。でも、知識があったからこそ、不安は少なかったです。
入居者が決まったときの喜びは、今でも忘れられません。毎月、家賃収入が入ってくる。この実感が、「会社の給料だけに依存していない」という安心感を与えてくれました。
投資と不動産。この二つの収入の柱を、6年間かけてコツコツ積み上げていきました。劇的に増えたわけではありません。でも、確実に、少しずつ、給料以外の収入が育っていきました。
3年目、4年目は、さらに投資を続け、支出の見直しも続けました。一人暮らしだからこそ、無駄な支出を見つけやすかった面もあります。
5年目になると、資産が目に見えて増えてきました。投資の運用益も出始め、不動産収入も安定してきて、「これなら51歳でいけるかも」という実感が湧いてきました。会社での仕事も、「あと1年ちょっとだ」と思うと、不思議と気持ちが楽になりました。
そして6年目。50歳になった年、私は上司に退職の意思を伝えました。「51歳で退職します」と。
51歳の春、完全に働かない生活が始まった
51歳の誕生日を迎えた翌月、私は会社を退職しました。
最後の出勤日、車で通い慣れた道を走りながら、不思議な気持ちでした。「もうこの道を、毎日走ることはないんだな」と。寂しさもありましたが、それ以上に、ワクワクする気持ちが大きかったです。
退職してから、半年が経ちました。今は、完全に働いていません。不動産収入と金融所得だけで生活しています。
正直、最初は不安でした。「本当に大丈夫かな」「資産が減っていくんじゃないか」そんな心配が、頭から離れませんでした。
でも、蓋を開けてみたら、意外と大丈夫だったんです。
むしろ、相場が良かったこともあり、資産は半年経った今、増えています。これには自分でも驚きました。「減らないように」と思っていたのに、増えている。もちろん、相場次第で今後どうなるかは分かりません。でも、今のところは順調です。
不動産収入も安定しています。仕事で培った知識が活きて、空室リスクも最小限に抑えられています。管理会社に任せているので、日々の管理業務はほとんどありません。たまに報告を受けたり、大きな修繕の判断をしたりする程度です。
今の生活は、本当に穏やかです。
朝は、目覚まし時計なしで、自然に目が覚めます。6時のこともあれば、8時のこともある。その日の体調や気分で、自由に起きられる。この感覚が、何とも言えず心地いいんです。
ゆっくり起きて、コーヒーを淹れます。窓を開けて、外の空気を感じながら飲む一杯。会社員時代には、考えられなかった朝の過ごし方です。
午前中は、ゆったりとした時間を過ごすのが日課です。コーヒーを片手にロサンゼルス・ドジャースの試合を観戦し、気分が乗ってきたところで近所を散歩。季節の空気を感じながら歩くこの時間が、心と体をリセットしてくれます。
午後はインプットとリフレッシュの時間。読書で新しい知識や考え方に触れたり、気になる動画を見て情報収集をしたりしています。日によってはジムに足を運び、軽く汗を流してコンディションを整えることも。無理をしない範囲で体を動かすことで、気持ちまで前向きになります。
そして週末の楽しみは、何と言ってもプレミアリーグ観戦。試合時間の関係で夜更かしになることもありますが、それもまた特別な時間です。世界最高峰のプレーに刺激を受けながら、「また来週も頑張ろう」と自然に思える――そんなメリハリのある毎日を過ごしています。
そして、たまに平日にバイクツーリングに出かけます。これが、最高の贅沢なんです。
土日は道が混んでいるし、観光地も人だらけ。でも、平日なら空いている。好きな道を、自分のペースで走れる。地方だからこそ、景色のいい道がたくさんあります。海沿いの道、山の中の道。風を感じながら走る時間が、何よりも気持ちいい。
一人暮らしだからこそ、自分のペースで自由に過ごせます。誰にも気を使う必要がない。好きなときに起きて、好きなことをして、好きなときに寝る。こんなに自由な生活、会社員時代には想像もできませんでした。
不安がゼロではないけれど、確実に気持ちは楽になった
正直に言うと、不安がまったくないわけではありません。
「この先、相場が悪くなったらどうしよう」「不動産の空室が増えたらどうしよう」「一人で老後を迎えて、お金は足りるのか」そんな心配は、今でもあります。
でも、会社員時代の不安とは、質が違うんです。
会社員時代は、「このまま働き続けて、本当に大丈夫なのか」という、漠然とした不安でした。何をすればいいか分からない、出口の見えない不安。それが、毎日のように心を重くしていました。
今の不安は、「具体的な対策が取れる不安」です。相場が悪くなりそうなら、少しの時間でも働けばいい。空室が心配なら、物件のメンテナンスや入居者募集の方法を工夫すればいい。老後資金が心配なら、支出を見直したり、年金の繰り下げ受給を検討すればいい。
不安はあるけど、対処法がある。この違いが、心の余裕を生んでいます。
そして何より、「自由に使える時間」があることが、気持ちを楽にしてくれています。問題が起きても、じっくり考える時間がある。焦って判断する必要がない。この余裕が、どれだけ大きいか。
月曜日の朝、「あー、また1週間が始まる」と憂鬱になることもなくなりました。曜日の感覚も、だんだん薄れてきました。今日が何曜日か、意識しなくなったんです。これって、すごく不思議な感覚です。
不動産関係の仕事をしていた経験も、今の生活を支えてくれています。物件選びのノウハウ、管理会社の選び方、不動産市場の動き。仕事で学んだことが、すべて今に活きています。「あの時の経験があってよかった」と、心から思います。
独身だからこそできた、自由な決断
振り返ってみて、独身だったことが、FIREの実現に大きく影響したと感じています。
家族がいれば、もっと慎重にならざるを得なかったかもしれません。「家族を養わなきゃ」というプレッシャーがあれば、リスクを取りにくい。完全に働かない選択も、もっと難しかったかもしれません。
でも、一人だからこそ、自由に決断できました。失敗しても、自分の責任。成功しても、自分の成果。この明確さが、背中を押してくれました。
もちろん、独身だからこその不安もあります。「一人で老後を迎えて大丈夫か」「病気になったらどうしよう」そんな心配は、今でもあります。だからこそ、経済的自立を目指したとも言えます。会社に縛られない収入源を持つことで、将来の選択肢を増やしたかったんです。
地方に住んでいることも、大きかったです。生活費が安い分、必要な資産も少なくて済みます。不動産も、都会に比べて始めやすかった。車は必要ですが、それでも総合的に見れば、地方のほうが有利でした。
バイクツーリングも、地方だからこそ楽しめます。少し走れば、自然豊かな道が広がっている。この環境が、今の生活をより豊かにしてくれています。
「独身だから」「地方だから」そう思って諦めている人もいるかもしれません。でも、逆に、独身だからこそ、地方だからこそできることもあるんです。
最後に、あなたに伝えたいこと
私の話は、華やかな成功ストーリーではありません。45歳から51歳まで、地道に投資と不動産収入を積み上げただけです。
でも、確実に、人生が変わりました。
もし、あなたが今、「このまま定年まで働き続けるのか」と悩んでいるなら、私は言いたいです。「遅すぎることはない。今日から、準備を始めよう」と。
40代でも、50代でも、遅くありません。独身でも、既婚でも、地方でも、都会でも。大切なのは、「いつ始めるか」です。私は45歳で始めて、51歳で実現しました。あなたも、今から準備すれば、数年後には新しい人生が待っているかもしれません。
完璧を目指す必要はありません。少しずつ、自分のペースで。焦らず、でも確実に。一歩ずつ進んでいけば、必ず道は開けます。
一度きりの人生、後悔しないように。そう思って行動した45歳の自分に、今、心から感謝しています。あなたも、きっと、未来の自分から感謝される選択ができるはずです。
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